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新潟地方裁判所長岡支部 昭和39年(ヨ)136号 決定

債権者 川上カツイ

債務者 株式会社大光相互銀行

主文

債務者が債権者を本店営業部得意先係勤務に配置替した意思表示の効力を停止する。

申請費用は債務者の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一、当事者双方の申立

債権者代理人は主文同旨の決定を求め、債務者代表者は「本件申立を却下する。」との決定を求めた。

第二、当事者間に争いのない事実

一、債権者は昭和二七年一一月一日付で債務者に雇傭されたものであるところ、昭和二八年六月一二日に構内交換取扱者資格試験を経て電話交換手の資格を取得し、その後引き続き構内交換業務に従事して現在に至つている。

この間債権者は本部庶務課に所属して他の有資格交換手二名とともに業務に従事していたが、昭和三九年六月二五日頃債務者が本部を長岡市坂之上町二丁目一番地の一長岡文化会館に移転したため本部勤務員は前示二名の交換手をふくめて同所に移動し、爾後債権者は本店営業部に所属して従来の場所で交換業務を行うこととなつた(本店営業部勤務を命ずる旨の辞令は同年七月一日に交付された。)。

二、同年八月一四日に至つて債務者本店営業部長柿本堅治が債権者の自宅を訪れ、債権者に対して、債権者を八月一七日から本店営業部得意先係(外勤)勤務に配置替する旨の債務者の意思表示を伝達した。同日になると債務者は債権者に対して得意先係業務執務の場所その他を指示し、一方電話交換業務には申請外太田ミツと共に同日から無資格の申請外五十嵐ミチ子が従事していた。

なお申請外岸野一枝および同河田節子にも外勤勤務が命ぜられたが、右河田は同月末に退職した。

三、債務者従業員は大光相互銀行従業員組合(以下単に第一組合という。)を組織していたところ、昭和三八年三月二四日これが分裂して大光相互銀行労働組合(以下単に第二組合という。)を組織した。

債権者は前示岸野とともに第一組合に所属し、前示河田は第二組合に所属している。

第一組合は同月二九日新潟地方労働委員会に対して、第二組合結成に際して債務者の支配介入があつたことを理由に救済の申立をしたが、昭和三九年八月二二日に和解が成立した。

第三、配置替の効力

以上の争いない諸事実の基礎のうえに立つて、本件配置替の意思表示の効力について検討を加えることとする。

一、疏甲第六号証によれば、債務者従業員には職員、見習および嘱託の別があるところ、疏甲第八号証および石川洋一、柿本堅治ならびに樋口高次郎各審訊の結果によれば、債務者本店営業部の外勤勤務者(得意先係および渉外係)のうち、女子は嘱託である申請外小田愛子たゞ一人であつたこと、昭和三九年八月一七日までは女子従業員中に職員であつて本店営業部の外勤勤務に就いた者はなかつたこと、前示岸野が集金業務を行つたことがあるが臨時的且つ短期間であつたことをそれぞれ一応認めることができる。

そして前示争いのない事実および右石川ならびに債権者各審訊の結果によると、同日以後外勤に配置替された女子従業員は債権者、前示岸野、同河田および申請外田中紀の四名であるが、以上はいずれも職員であることを一応認めることができ、これに反する疏明は存在しない。

二、債務者代表者は女子職員を外勤勤務に就かせるについての緊急且つ相当の理由が存在したと主張して、秋の米代金の預金獲得等の事実を挙げ、これらに副うかに見える疏明(前示樋口および柿本各審訊の結果、疏乙第一二号証の一ないし四)も存在する。

しかし、果して債務者の主張のとおりであるならば、本店営業部に女子外勤職員を置くことがはじめての試みであること前示のとおりである以上、充分にその外勤職員としての適性、資質について検討を加えるのは勿論のこと、本人の意向をも確め債務者の側の基本的な方針や当面の業務内容についても納得し得るような説明があつてしかるべき筈である。

ところが債権者が一〇年来電話交換業務に従事してきたことは当事者間に争いがなく、前示樋口および柿本各審訊の結果によつても、電話交換手であつた債権者が特に得意先係の業務内容に精通しているというような事実はないことが認められるばかりでなく、債権者審訊の結果によれば債権者は自転車、自動車その他の車輛を運転することができず集金等には徒歩によるほかないことが一応認められる。そして柿本および債権者各審訊の結果に疏甲第一二号証をあわせると、前示柿本は債権者が配置替に不満の態度を示したのに対して一応の説明をしたが充分の納得が得られなかつたこと、債務者において事前に債権者の意思を確認する方法もとらなかつたこと、そして配置替後も債権者の得意先係内での具体的な配属が変転し、最終的に配属とその業務内容が決定したのは二週間余を経た同年九月四日であつたこと、以上の事実を一応認めるに足り、右の認定を左右し得る疏明は存在しない。

これらを要するに、債務者の内部でその主張のような緊急の事情が仮に存在したとしても、これを債権者との関連において考えるとき、女子の得意先係という新しい業務に特に選んで債権者を宛てなければならなかつた理由の首肯するに足るものを見出すことができないのである。殊に、少くとも継続的に一〇年余の経験を有し、且つそれ自体相当程度高度に技術的な電話交換業務に従事する債権者を、余人を措いてこれと全く無関係な業務に就かせる実質的な理由については、了解しがたいところがある。

三、飜つて考えるのに、債権者が第一組合員であることは当事者間に争いがない。前示岸野が第一組合員であることも争いがなく、疏甲第一二号証によれば前示田中も第一組合員であることが明らかである。

配置替となつた他の一人前示河田は第二組合員であるが、同人が昭和三九年八月末頃退職したことは当事者間に争いがない。そこで第一組合と第二組合の性格や組織を比較すると、疏甲第四号証の二ないし五、二六および二八によれば第二組合は第一組合に比して債務者に対して好意的であるか少くとも協調的であつて、その役員も支店長代理、係長などの職制を多数擁していることが一応認められる。

そして、前示石川および柿本に対する各審訊の結果によれば、債務者本店営業部に所属する女子職員の数は十数名であるが、右石川に対する審訊の結果によれば、このうち第一組合員は債権者、前示岸野および同田中の三名だけであることが明らかである。

右のような債務者と両組合の関係と本店営業部の女子職員中の第一組合員三名全員が外勤に配置替され、しかも、現に外勤業務を行つているのは右三名だけである事実に注目し、更に前示のとおり債権者の配置替に首肯し得るに足る事情の存在しないことを考えあわせると、右三名中の一名である債権者の本件配置替は債権者が第一組合員であることをその真の理由とするものであると結論しないわけにはいかない。

四、債務者は債権者が配置替によつて不利益を蒙ることはないと主張し、疏乙第九ないし第一一号証、樋口、柿本および債権者各審訊の結果によれば、給与、賞与、その他の勤務条件に変動はないことが認められる。

しかし、その配置替が一般に人の嫌忌するものである場合や前例あるいは慣行に反していて予期することのできなかつた特異な場合であつて、従前の業務とその性質、内容において著しく異りこれに習熟するのに多くの精神的、肉体的な負担を要するとか自己の有する専門的、技能的能力を利用し得なくなる等の事情があるときは、たとえ給与その他の面で不利益を受けることがなくても、一般に不利益な取扱いというのを妨げない。そして前示柿本に対する審訊の結果によれば、内勤として雇傭された者が内勤から外勤に転ずることは一般に嫌忌されるものであることが一応認められるし、これが経験則にも合致するところであるが、債務者に就職後債権者が内勤以外の業務に従事したことがないこと、女子職員としては全く前例のないことは前示のとおりである。

そしてそのような債権者が新しい業務を遂行するについては諸種の困難に遭遇するであろうことは想像に難くないし、勿論その特殊技能を利用し得なくなることは明らかである。してみると、債権者の配置替は、これを不利益な取扱であると一応認めなければならない。

五、以上の検討の結果をあわせると、債権者に対する本件配置替は、債権者が第一組合の組合員であることの故をもつてなされた不利益な取扱であつて不当労働行為であると一応認めるほかなく、不当労働行為たる本件配置替の意思表示はその効力がないといわなければならない。その意思表示を無効と主張する債権者の申請は理由がある。

第四、仮処分の必要性

債権者に対する審訊の結果に疏甲第一二および一三号証をあわせ、且つ前示認定のところと総合すると、債権者は不慣れな業務に従事して日々精神的な苦痛を感ずるのみでなく、車輛の運転もできないので他の外勤者に伍して業務を行うことが現在困難であることが一応認められ、疏甲第一号証によると向後三年間交換業務に従事しとない構内交換取扱資格を喪失することが一応認められる。本件配置替の意思表示の効力を停止すべき必要性についての疏明もあるといわなければならない。

第五、結論

以上の次第であるから債権者の申請を相当と認め、保証を立てさせないで本件配置替の意思表示の効力を仮に停止し、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 宮本康昭)

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